キーワードで学ぶ国際観光確定版

16 パスポートの成立と国際移動 たとえ現地への航空券や宿泊先を確保していても(EU 圏内などの例外を除 けば)、パスポートがないと合法的に国外に出られない/外国に入れないこと は現代人にとって常識である。その一方、 ホモサピエンスはアフリカに生まれ、 約4 万年前にヨーロッパ大陸にたどり着いたといわれ、日本に関しても16 世 紀末、4人のカトリック信徒の少年が、3年かけて長崎からローマへ渡り教皇に 謁見、5 年かけて長崎に戻ったという記録がある。こうした人間の長い移動の 歴史からすると、現在私たちが手にするパスポートに近いものがあらわれたの は、比較的最近のことである。 日本最初のパスポートについては諸説あるが、1866年、曲芸師の一行が江戸 幕府の外国奉行にアメリカ合衆国渡航の許可を申請して発行された免状をそれ とみる説が有力である。とはいえ当時は外国に渡る人は現代と比べれば大幅に 少なく、その大半は、おもに外国の技術を学ぶことを藩または幕府に命じられ た武士によって占められた。また、当時幕府が認める渡航先は、条約を締結済 みのイギリス・アメリカ・フランス・オランダ・ロシアなど7カ国に限られて もいた。こうした海外渡航の免状に「旅券」という名称がつけられるのは、明 治を迎えて約10年後の、1878年のことである。 日本で江戸時代末という時期にパスポートが成立したのは、黒船来航(1853 年)が示すように、この時期になって「開国」というプレッシャーをともなう 外国との接触が生じ、そうした外国との出会いのなかで、外国とは区別される 「日本」というまとまり、境界が成立したことを背景とする。また、パスポー トの起源が海外渡航の免状であったことが端的に示すように、パスポートの成 立は、人々の移動を国家が独占的に掌握するというプロセスの完成を意味して もいた。それと同時に、パスポートが効力ある身分証明となっていることは、 その人がその人であること、すなわちアイデンティティが国家と結びつけられ、 領土化していることをあらわしている。 【参照項目】 【参考文献】陳天璽,大西広之, 小森宏美, 佐々木てる編著(2016)『パスポート学』北海道 大学出版会. (秦泉寺友紀)

RkJQdWJsaXNoZXIy NDU4ODgz