キーワードで学ぶ国際観光確定版

15 選択的な国境管理と観光 近年、加盟国の間で出入国審査なしに国境を越えることを認める「シェンゲ ン協定」や、パスポートと顔認証で本人確認を行う「自動化ゲート」など、「ス ムーズ」で「スピーディー」に国境を越えるための仕組みの導入が相次いでい る。とりわけ先進国のパスポートをもつ人々にとって、国境を越えることはま すます容易になりつつある。 他方、途上国の人々にとっては、国境を越えることは、先進国のパスポート をもつ人々とは全く異なったものとなることがしばしばである。宗教や政治的 立場などで迫害される恐れがあり、外国へ逃れる人々でさえ、渡航先の国で「難 民」として認定されるとは限らず、手続きには最短でも数ヶ月、さらに長期間 を要することも稀ではない。また先進国の多くは、専門知識や技術をもつ「高 度人材」外国人や短期間で帰国し収益をもたらす観光客の受け入れには積極的 な一方、いわゆる「単純労働者」の受け入れは制限する方向にある。途上国の 人々が紛争や貧困ゆえに先進国へ移動するには、違法なブローカーに法外な渡 航費を払い、生命の危険を冒して国境を越えざるを得ないケースも多い。 国境を越えるという点では同じでも、先進国のパスポートをもつ人とそれを もたない人には、状況に大きな差がある。グローバル化を背景に、国境を越え たヒトの移動は活発化してはいるが、その内容を注意深く見ていくと、紛争や 貧困で今いる場所にとどまれず、押し出されるように国境を越えざるを得ない 人々と、よりよい生活のために、あるいは観光のために易々と国境を越えられ る人々がいる。また、途上国から先進国への移動を押しとどめるような、国境 という壁を高くする動きと、「シェンゲン協定」や「自動化ゲート」のような、 国境の壁を低くする動きとが同時に存在する。これらは一見相容れないように も見えるが、先進国のパスポートをもつ人々の国境を越える動きも、情報とし て逐一管理され、追跡可能なものとして集積されている。そう考えると、国境 は、グローバル化が進む現代にあって、その境界としての意味をむしろ強めて いるともいえる。 【参照項目】 【参考文献】森千香子,エレン・ルバイ編著(2014)『国境政策のパラドクス』勁草書房. (秦泉寺友紀)

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