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2013/04/03

『装束』-朝廷・貴族のよそおい-

展示期間

9月24日(月)~12月21日(金)

解説

『装束』はもともと、朝廷や貴族が用いる調度の配置や室内の装飾のことを表す語でしたが、平安時代にこれらのことを「室礼(しつらい)」というようになり、これ以降は「装束」という言葉は、おおよそ服装に関して使われる場合が多くなりました。

 公家の服装に関する規範の歴史は、古くは7世紀末に律令国家体制の整備と共に導入された服制(服装に関する法制度)に見られます。
 まず、推古天皇の時代に制定された「冠位十二階」(西暦603年 推古11年)において、冠の仕様や色による冠位制が見られます。天智天皇の時代には二十六冠位制まで拡大しますが(西暦664年 天智3年)、天武天皇の時代にはこれが廃止されました(西暦682年 天武11年)。そして位階に基づく官位制度とこれに伴う位階に相当する色を視覚的な指標とする服制へと移行を始めたのです。
 「大宝律令」で服制は集大成され、養老2年(西暦718年)、「養老律令」中の「衣服令」により大宝律令以降積み重なった変更がまとめられ、再構成されました。

 儀式や年中行事などの公事に着る服装や参内する際に着る服装を「晴れの装束」といい、それ以外の烏帽子をかぶり、直衣や狩衣など普段着として着ていたものを「褻(け)の装束」といいます。後者は一定の規範には従いますが、日常生活の中で個人の好みによって着用できました。
 しかし、時代が経つにつれて、直衣に冠をかぶって参内できるようになるなど、服装の簡略化が進みました。

 今回の展示では、天皇や公家、女官たちの華麗な「装束」を、メディアセンター所蔵の貴重書『女官装束図式』『装束図式上・下』で紹介します。

画像

20130403_sho 『女官装束図式』
裳・左:命婦舞妓等/右:院中女御 
210.09:N99 貴重書


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