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日本文学文化学科

05 30

投稿者: nihonbungaku
2017/05/30 12:43

佐藤勝明教授が、5月18日に枻(えい)出版社より発売された「ぬりえ 奥の細道」の監修を行いました。「ぬりえ 奥の細道」は、松尾芭蕉の紀行文『奥の細道』の中から69か所の風景をぬりえにしたもの。旅先で芭蕉が詠んだ俳句に訳を添え、ぬりえにした各名所が、解説と共に掲載されています。今回の監修のお仕事について、佐藤教授に詳しく伺いました。


【写真左】
出版された「ぬりえ 奥の細道」を手にする佐藤勝明教授。


Q.今回の「監修」のお仕事では、どのようなことをされたのでしょうか?
ひとくちに監修と言っても、様々なやり方があります。今回の仕事に限って言えば、ぬりえにする場面の選定が主な仕事でした。こういったお仕事は初めてだったのですが、「奥の細道」という旅行記の全てが絵になるわけではありませんので、絵になりそうな場面を選ぶ、ということが、一番大きな仕事でした。
場面の選定は写真を見て行いました。私は大垣市の「奥の細道 むすびの地記念館」の総合監修をしているのですが、この記念館で上映している「奥の細道」の映像を作成する際に、現地の下調べで撮影した膨大な量の写真を、記念館の了解を頂いて場面選定に使用させて頂きました。「ぬりえ 奥の細道」に掲載されている写真の多くは、そこから使ったものです。足りない部分に関しては、出版会社の方が独自に入手して下さいました。
「奥の細道」に出てくる各所全てに俳句があるわけではないのですが、句があるところは出来るだけ句とその解説も一緒に載せました。選定した写真と句の内容から、デザイナーの方がぬりえにするシーンをイメージして描き起こす、という流れです。3年ほど前に「松尾芭蕉と奥の細道」という本を書いたのですが、その本の中に所収発句一覧として、奥の細道に登場する俳句全ての解釈をまとめています。今回の「ぬりえ 奥の細道」に掲載している解説文は、そこから多く引用されています。

【写真左】佐藤教授が執筆した「松尾芭蕉と奥の細道」。第一部では芭蕉自身について、第二部では「奥の細道」に書かれている内容について、第三部では、実際に「奥の細道」の各所に行くには、といったことが書かれています。


Q.ぬりえには、「奥の細道」に旅路の中で詠んだ句として掲載されている62句の内、41句が掲載されていますが、選定した基準などはありますか?
今回の作品はぬりえということで、絵としてどう見えるか、ということに重点を置いて選んでいますので、句の内容で選んでいるわけではないんです。ちなみに「奥の細道」という作品ですが、必ずしもどの場面にも句がある、というわけではないんですよ。むしろ、句がない場面が結構あります。
面白いことに「奥の細道」は、前半と後半で、割と書きようが変わるんです。前半では、旅の記録の文章の合間に、芭蕉あるいは曾良のどちらかが詠んだ句が挿入されているパターン。これが陸奥(現 青森県・岩手県・宮城県・福島県)の平泉に来た辺りで、二人が同じ場所でそれぞれ句を詠んでいるシーンが見られ始めます。尿前の関を過ぎて、陸奥から出羽(現 秋田県・山形県)へと入った辺りから、俄然、旅行記としての文章の量が減り、逆に句が沢山並び始めます。これが後半の特徴です。

前半では文章を多く使い、後半では文章を減らし、句を多用することで、さらりと流すようにまとめられている。芭蕉の紀行文を調べて行くと、「野ざらし紀行」なども同じように、前半は文章が多く、後半は句が多いという傾向が見られます。私は、これは芭蕉が「序・破・急」の呼吸を意識して表現していた、と考えています。江戸を発って、関東と東北の境目である白河の関までの旅路を序、白河の関から日本海側へ抜ける鼠の関までを破、それ以降の北陸路が急。特に酒田(現 山形県酒田市)から市振(現 新潟県糸魚川市)の区間では、これだけの距離にも関わらず、旅行記としての文章はたったの5行で書かれています。より面白みを持たせるためか、破の区間も尿前の関の前後で表現を変えているので、白河の関、尿前の関、鼠の関、この3つが、「奥の細道」を読む上でのキーポイントになっているんじゃないかと思っています。

Q.特に苦労した点など、何かエピソードはありますか?
苦労というより、どういう絵として出来上がってくるのか、最初は俳句のイメージからかけ離れてしまったら、と少し心配に思っていました。でも、実際にあがって来た絵を見て、私が文字から思い描いていた場面とイメージが重なるものもあれば、逆に「あぁ、こういうふうに作ってくれたのか」「ここに目を付けてくれたんだ、これもいいな」という発見もあり、大変面白かったです。
今回は、やはりどうしても絵になる場面を選ばなければならなくて…『月清し 遊行のもてる 砂の上』という句があるのですが、私が特に思い入れのある俳句です。かつて時宗の2代目遊行上人の他阿が、気比神宮のぬかるんだ参道に人々が困っているのを見かねて、手ずから砂を運び参道を整え、それ以来、代々の上人がその行いを尊び、ここへ来て砂を撒くという行為が続けられました(現在も 時宗総本山の管長交代の折に「砂持ちの神事」として行われています)。芭蕉にとっては、この行いが絶えず行われてきている、ということが嬉しいことで、「今、目の前にあるこの砂がまさに歴史の積み重ねであり、そこへ月の明かりが差している」と詠んだ、とても重要なシーンではあるのですが…「砂」を場面にしても、絵にならない(笑)。だから鳥居を描いているんですね。

Q.お仕事を終えられた感想をお願いします。
大垣の記念館の監修や今回の仕事も含め、自分自身が研究で得た成果を学生たちや社会へどうやって還元するか、といったことは、常に考えていました。
芭蕉は江戸から奥州路、出羽路、北陸路を巡った旅を終えた後、江戸に戻るまでの2年余りを「猿蓑」の制作に費やしていました。「猿蓑」は芭蕉を含む門人達の合同句集であり、俳諧の古今集とも呼ばれ、傑作とされています。この句集は、句の並べ方によって異なるテーマが表わされていて、私の授業のテキストとしても使用しており、「この句の並びからどういったことが読み取れるか?」といったようなことを、アクティブラーニングとして学生に考えてもらったりして、研究したことと授業とを結び付けています。
社会への還元の形として、記念館の監修、ラジオ番組への出演等の活動と同様に、もしかしたら、ぬりえは好きだけど「奥の細道」自体には関心がないという人にも、「奥の細道」に親しんでもらえる切っ掛けになるのかな、と。そういう意味でいい機会を与えて頂いたと思っています。


出版社の方からは、「今回発売したぬりえの対象は、今まで俳句に触れて来なかったという方も含めて考えていました。これまでの活動などから佐藤先生なら、アカデミックさだけを追求するのではなく、経験のない方にも寄り添って頂けるのではと思い依頼しました」というコメントを寄せて頂きました。


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