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日本文学文化学科

09 28

投稿者: nihonbungaku
2020/09/28 10:18

2020年9月12日(土)に、オンラインシンポジウム「テクストを建てる、イメージを歩く」が開催されました(事前告知はこちら)。主催は小澤京子准教授が研究代表者を務める科研費(研究課題「啓蒙主義時代から19世紀前半までのフランスにおける建築図面・図表の思想史的意義」)プロジェクト、和洋女子大学日本文学文化学科と同日本文学文化学会の共催を得て、本学からは小澤准教授と佐藤淳一准教授が登壇しました。


【写真】当日の総合討論の模様(被写体である登壇者全員の承諾を得て掲載しています)

以下、小澤准教授による報告です(当日ご参加できなかった方々のために、少し詳しく報告します)。

このシンポジウムでは、テクスト(言語的な表現)とイメージ(視覚的な表現)、そこに現れ出た都市や建築や風景などの空間の表象、そのなかでの経験や知覚や記憶という共通のテーマ系に基づき、初期近代から現代まで、イタリア、フランス、日本、ドイツといった地域を対象としている研究者にご登壇いただきました。それぞれの思考の場から「テクストを建てる、イメージを歩く」という共通テーマにアプローチすることで、共時的な星座配置のようなものを浮かび上がらせることが、このシンポジウムを企画した目的でした。
私自身、「イメージとテクストのなかの空間表象」というテーマで研究を続けてきたので、まずは「自分がお話を聞いてみたい方」を基準に、登壇をお願いしました。私が研究者として自己形成の時期を過ごした場で出会った方々と、現在の勤務先である和洋女子大学の同僚とを繋ぎ、人文学の若い才能による協働と連帯の場を創り出したいという思いもありました。

最初の発表は、初期近代イタリアの建築史・美術史を専門とする桑木野幸司氏(大阪大学)による、「アゴスティーノ・デル・リッチョの理想庭園論における建築エクフラシスとinventio」でした。16世紀末に執筆されたリッチョの主著『経験農業論』は、大部の百科事典というべき書物ですが、そこでは読者から「発想inventio」を引き出す工夫が凝らされていました。なかでも、実在する庭園の要素を組み合わせて、架空の理想庭園のありさまを文章で描写した部分は、「勧告的エクフラシス*」と呼ぶべきものであり、古代からの修辞学の伝統を踏まえつつ、初期近代固有の革新が含まれている、と桑木野氏は主張します。ここでは、事典はただ固定された知識を得るためのものではなく、読者が自在に創造を行うためのツールであり、またそのテクストは、理想的な庭園や建築の空間を書物のなかに築造するものであったと言うのです。初期近代の書物と修辞技法、そして「庭園」が有していた創造的な機能が明らかになりました。

続いて、「イメージとテクストにおける都市表象」をテーマに、主にフランス18・19世紀の建築構想を研究している小澤が、「歩行によって風景を拓く:ディドロを中心とする18世紀のテクストから」と題した発表を行いました。ディドロの風景画論にたびたび登場する、「風景画の内に入り込み、散歩する視点から絵画を記述する」という特徴的な部分に着目し、これを「旅」と「歩行」というフランス18世紀の思想とテクストを貫くテーマ系のなかに位置づけるものです。ここでは、ディドロの「散歩」も、サドの「旅」や諸々のユートピア紀行記、ルソーの「孤独な散歩」と同様に、既存の権力やヒエラルキーを外れた場で「歩行によるテクスト空間」が発生していることが確認されました。参加者からチャットで寄せられたコメントも、ディドロの「絵の中の散歩」がはらむリベルタン(自由主義、放埓)性の指摘など、重要な示唆に富むものでした。

三つ目は、谷崎潤一郎をはじめとする日本近代文学が専門で、文学と演劇の翻案関係というアプローチに基づく研究も多い佐藤淳一氏の発表、「『痴人の愛』ナオミというイメージ、テクスト:川口松太郎による劇化を視座に」です。ゲームやアイドルなどのサブカルチャーも含め、様々に「翻案」されてきた『痴人の愛』ヒロインのナオミ。その最初の劇化である川口松太郎脚色の戯曲(1926年発表)のテクスト分析から、ナオミというキャラクターそのものの「パフォーマー」としての性質と、文学作品の「翻案」における現実と虚構の複数のレベルの重層とを見出す発表でした。これは報告者の解釈ですが、佐藤氏の著作『谷崎潤一郎 型と表現』も、谷崎のテクスト群に通底する、一種演劇的な「型」のあり方を看破したものではないかと思います。単なる文学作品の劇化にとどまらず、谷崎のテクストそのものが胚胎している演劇性もしくは演技性という重要な論点に、気づかされた発表でした。

四人目の発表は、現代ドイツ文学、イメージ分析、歴史・記憶とトラウマ表象を専門とする鈴木賢子氏(東京工芸大学)による「W. G. ゼーバルトにおける都市の記憶術」でした。歴史学の課題に文学や芸術からのアプローチを試みた作家ゼーバルトによる小説『目眩し』(1990年)と『アウステルリッツ』(2001年)を、場所記憶術という観点から読み解くものです。ルネサンス時代の哲学者ブルーノの著作『聖灰日の晩餐』のロンドン道中記を、「記憶術文学の嚆矢」と規定したF. A.イエイツの理論を補助線に、ゼーバルトのテクストに沿ってプラハの街を丹念に辿り、そこに記憶劇場の末裔としての貯蔵庫や、想起のトリガーとなるモティーフ、さらには記憶を遮断するような契機を見出す鈴木氏の発表は、テクスト内の「精神のトポグラフィー」を鮮やかに描き出すものでした。

最後は、現代フランス語圏文学と芸術などの研究を手がけてきた桑田光平氏(東京大学)の発表、「パリに終わりはないのか?:En quête d’une ville(都市を探して/都市の調査)」でした。19世紀半ば以降、文学や芸術にとって神話的な都市であったパリ。ヘミングウェイの示唆的な一節「パリには決して終わりがない」から始めて、桑田氏は主に1990年代から2020年までの現代フランス語作家たちの描き出す「パリ」を縦断します**。アポリネールの詩を下敷きに、パリの陳腐化した名所を酩酊状態で「旅行/トリップ」するロランの『ゾーン』(初出1995年)。「地図上の白い部分」という虚無が隠蔽するもの、失語症的(infra-langagière)なものを浮かび上がらせるヴァセ『白書』(2007年)。郊外の大型ショッピングモールという、歴史の蓄積することのない「非-場所」(マルク・オジェの概念)を語り手がぶらつくエルノー『見て、あの光を』(2014年)。ヴァセとエルノーの師でもあるペレックの、パリの一つの場所に定位し、infra-ordinaire=並-以下にあるものを描き出す試み。ソルマンの『パリ北駅』(2011年)。失業を機にパリで探偵業を始めた主人公が、すでに生じた事件ではなく、「そこにあったはずのもの」を調査するエシュノーズ『ジェラール・フュルマールの人生』(2020年)。パリで迷い続けながら、亡霊的なものに邂逅し続けるモディアノ『1941年。パリの尋ね人』(1997年)や『眠れる記憶』(2017年)…… いずれのテクストでも、パリは「調査(enquête)」の対象であり、絶えず求められ続ける(en quête)が、本当の姿は見つからず、調査はつねに「旅」となる、と桑田氏は結論づけます。

総合討論と質疑応答では、すべての発表に「エクフラシス」――テクストとイメージの関係であると同時に、記憶に対する刺激であり、場の持つ力によって様々な想起が惹起される――という共通テーマが見出されること、またとりわけ新型感染症により移動が制限されている現在、テクストやイメージにおける「歩行」という本シンポジウムの主題は、身体の移動の自由と精神の自由との繋がりを示唆していることなどが確認されました。5つの発表の連関、および2020年にこのテーマを思考することの意義が、明確に浮かび上がった瞬間だったと思います。

参加者からも、主にZoomのチャット欄を利用して質問やコメントが寄せられました。発表者宛に個別にメッセージを送ることもできるZoomには、登壇者と聴衆とのコミュニケーションをこれまで以上に活性化する可能性があると気づかされたのも、このシンポジウムで得られた成果です。

*エクフラシス:古代からの修辞学の伝統で、絵画やレリーフ、建築物などの視覚芸術作品を、読者の眼前に蘇るように活き活きと言語で描写すること。

**桑田氏が取り上げた小説作品の書誌情報は以下の通り。
Jean Rolin, Zones, Gallimard, 1997 (premiére parution en 1995).
Philippe Vasset, Un livre blanc, Fayard, 2007.
Annie Ernaux, Regarde les lumières, mon amour, Raconter la vie, 2014.
Georges Perec, L’Infra-Ordinaire, Seuil, 1995.(邦訳:『家出の道筋』酒詰治男訳、水声社、2011年)
Joy Sorman, Paris gare du Nord, Gallimard, 2011.
Jean Echenoz, Vie de Gérard Fulmard, Minuit, 2020.
Patrick Modiano, Dora Bruder, Gallimard, 1997.(邦訳:『1941年。パリの尋ね人』白井成雄訳、作品社、1998年)
Id., Souvenirs dormants, Gallimard, 2017.

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