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日本文学文化学科

名前: nihonbungaku 作成日: 2017/07/29 12:45
日本文学専攻

投稿者: nihonbungaku 投稿日: 2021/08/16 13:50

国語科教員 一種免許状と進路について

日本文学文化学科日本文学専攻では、中学校教諭一種免許状(国語)、高等学校教諭一種免許状(国語)の免許の取得をめざすことができます。日本文学専攻では、教職教育支援センターと連携しながら、教員採用試験の合格率向上をめざしています。さらには、文学と言語を学ぶこと、言葉によって表現することの楽しさを、的確な方法論に則って伝えられる教員を養成すべく、カリキュラムに工夫を凝らしています。日本文学専攻には、上代から近現代までの文学、および日本語学の専門家が揃っていますから、国語科の教員に必要な知識を網羅的かつ体系的に、徹底して学ぶことができます。

日本文学専攻では、毎年、一定数の教員採用試験合格者と、私立校の専任教員(正規雇用)採用者を輩出しています。2019年度は、千葉県教育委員会に2名、私立高等学校に1名、合計3名が採用試験に合格しました。くわしくは、こちらの記事をご覧下さい。教員採用試験合格者の紹介(2020年1月)


【写真1】現 日本文学文化学科 日本文学専攻と書道専攻の卒業生。現在は国語科教諭として活躍しています(写真は在学時に撮影)
日本文学文化学科では、書道専攻の学生も国語科の教員免許を取得することができます。詳しくは、次回の書道専攻による記事をご覧ください。

また、日本文学専攻では例年、教職教育支援センターと連携しながら、教育実習の体験報告会を開催しています。教育実習を終えた4年生が、教員志望の下級生に体験報告とアドバイスを行います。上級生から直近の体験談や助言を聞き、また気軽に質問・相談できる機会が設けられていることは、教員をめざす学生にとって、実践的な学びと大きな励みになります。

国語科教員 専修免許状について

和洋女子大学大学院 人文科学研究科 日本文学専攻では、中学校教諭専修免許状(国語)、高等学校教諭専修免許状(国語)を取得することができます。専修免許状は、一種免許状を取得したうえで、大学院で所定の単位を修得し、修了することで取得できます。現在の教員採用試験において必要とされる免許状は、一種免許状がほとんどですが、高等学校を中心に、指導教科に関する専門的な知識や技能が求められる傾向にあります。人文科学研究科 日本文学専攻では、上代から近現代までの日本文学・日本語に関する研究を行うとともに、日々変化する教育現場において対応できる国語科の教員養成に取り組んでいます。


【写真2】専修免許状の取得をめざす大学院生たち

次回は、日本文学文化学科書道専攻でめざせる免許・資格を紹介します。こちらもぜひ、ご覧ください。

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日本文学文化学科のチバテレ制作による学科紹介動画はこちらから
投稿者: nihonbungaku 投稿日: 2021/05/17 14:03
日本文学文化学科吉井美弥子教授が司会・コーディネイターとして登壇するシンポジウム「古文教育における文法学習――ニワトリが先かタマゴが先か――」(早稲田大学 国語教育学会2021年度夏季大会)が、2021年6月19日(土)14:30より、オンラインにて開催されます。
2022年度から高等学校で「言語文化」の授業が開始されることを受け、これまでも議論の的となってきた古文の文法学習について、4名の登壇者から提言を受け、これからの古文教育を考えるシンポジウムです。
一般参加も歓迎します。国語科教員をめざす学生や、国語教育に関心や問題意識をお持ちの方々も、奮ってご参加ください。


(クリックでPDFが別窓表示されます。)

【開催日時】2021年 6月19日(土)14:30〜
【開催方法】オンライン
一般参加をご希望の方は、専用の参加フォームより、お申し込みください。
※参加フォーム受付期間:6/10~6/19

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和洋女子大学 日本文学文化学科では、国語科の教員養成に力を入れています。教職教育支援センターとの連携で、教員採用試験合格率の向上をめざすことはもちろん、文学と言語を学び、言語によって表現することの楽しさを、的確な方法論に則って伝えられる教員を養成すべく、カリキュラムに工夫を凝らしています。本学科には日本文学史の全時代の専門家が揃っていますから、国語科の教員に必要な知識を、網羅的かつ体系的に、徹底して学ぶことができます。教員免許状更新講習にも、積極的に協力しています。また、本学の大学院 人文科学研究科 日本文学専攻では、国語科の専修免許を取得することができます。
国語科の教員をめざす高校生・受験生、さらなるステップアップをめざす方は、ぜひ和洋女子大学 日本文学文化学科へ。

国語科教職関連の過去記事
教員採用試験合格者の紹介(2020年1月):本学科では、毎年一定数の教員採用試験合格者と、私立校の専任教員(正規雇用)採用者を輩出しています。
教育実習(国語科)の体験報告会(2020年1月):例年、教育実習を終えた4年生が、教員志望の下級生に体験報告とアドバイスを行う機会を設けています。
市川駅南口図書館連携企画「中高生にすすめる一冊」POPイベント(2021年3月〜4月):読書離れ傾向のある中高生に読書の楽しさを知ってもらうための、地域社会参画型・公共機関連携型課外活動。中高の国語科教員や司書教諭を目指す学生たちも積極的に参加しました。

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#教員研究業績紹介 #在学生へ #市民社会へのアウトリーチ #教職 #資格
 
投稿者: nihonbungaku 投稿日: 2021/05/07 9:39
日本文学文化学科吉井美弥子教授が寄稿した『危機下の中古文学 2020』(久保朝孝編、武蔵野書院、2021年3月)が刊行されました。以下、吉井教授が自著について語ります。



「本書は、総勢42名の中古文学(平安時代の文学)研究者による学術論文集です。感染症の世界的な蔓延をはじめとして、人々が危機的な状況に瀕することになった2020年を、文学に関わる者はどのように過ごしたのかという大きな問いに対して、それぞれの研究者が自らの問題意識から向き合って、さまざまな論を繰り広げています。

私は、「『山路の露』小考 ―『源氏物語』の「最終巻」として―」と題し、2020年度前期に授業で扱った『山路の露』(『源氏物語』の後日譚を描いた中世王朝物語)を取り上げ、遠隔授業の記録的な報告とともに、この物語の意義について論じました。遠隔授業で『山路の露』を一緒に読み切った学生の皆さんをはじめ、『源氏物語』に興味を持っていらっしゃる皆さんにぜひ、お読みいただきたいと思っております」

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この一冊は、「危機の時代」に対する文学研究の立場からの応答であると同時に、「古典文学の危機」へのひとつの応答のあり方、そのアクチュアルな意義を示してもいるのではないでしょうか。人文学研究者から大学生、文学愛好家の方まで、ぜひ、ご一読ください。

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#教員著作紹介 #教員研究業績紹介 #在学生へ #市民社会へのアウトリーチ
投稿者: nihonbungaku 投稿日: 2021/04/28 14:42
日本文学文化学科佐藤淳一准教授も1章を担当した書籍、木村純二・吉田真樹編『和辻哲郎の人文学』(ナカニシヤ出版、2021年3月)が刊行されました。以下、佐藤准教授が自著を紹介します。



「この度刊行された木村純二・吉田真樹編『和辻哲郎の人文学』(ナカニシヤ出版)の、第一章「〈通路〉の自覚 初期の和辻の文芸活動について」を執筆しました。本書は、和辻哲郎の多岐にわたる活動の現代的意義を検証するための倫理学、仏教学、美術史、日本近代文学研究を専門とする研究者の協同の成果です。こうした試みはまた、近年の人文学をめぐる環境の大きな変化に対峙し対応していこうとするものでもあります。私の担当章では、和辻が自身の表現を獲得していくための過程を、近代演劇の動向と照合しつつ検討してみました。ぜひ、手にとって一読していただければと思います」

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佐藤准教授は、前著『谷崎潤一郎 型と表現』(青簡舎、2010年)でも、文学テクストと演劇について触れています。こちらもぜひご一読ください。

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#教員著作紹介 #教員研究業績紹介 #学術への貢献 #市民社会へのアウトリーチ
投稿者: nihonbungaku 投稿日: 2020/03/03 14:31
日本文学文化学科の佐藤勝明教授の共著『花見車・元禄百人一句』(雲英末雄、佐藤勝明共著)が岩波文庫より刊行されました。


【写真】岩波文庫『花見車・元禄百人一句』

 <佐藤勝明教授よりのメッセージ>
岩波文庫の一冊として、『花見車・元禄百人一句』を刊行いたしました。『花見車』は元禄時代の俳諧宗匠215人について、遊女に見立てて論評した俳人評判記。『元禄百人一句』は同時代の代表的な俳人100人を選び、その句を紹介したものです。どちらも芭蕉と同時代の俳人が編集・刊行したもので、芭蕉以外にも多くの俳人が活躍していたということを知ることができます。俳人たちのエピソードがおもしろく、それぞれの句もユニークで、俳諧の楽しさが味わえるはずです。


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投稿者: nihonbungaku 投稿日: 2019/11/20 11:28
令和元年度の和洋女子大学 日本文学文化学会講演会は、相模女子大学の山田純准教授をお招きして、講演していただきました。「オマージュ文学としてみる『日本書紀』―成立一三〇〇年を記念して―」と題された講演は、『日本書紀』を古典文学作品として読解する方法を探る、大変、興味深いお話でした。


【写真】講演会の様子

山田先生は「オマージュ」について、現代のアニメ映画などの例を具体的に挙げながら、わかりやすく説明してくださり、学生たちも熱心に拝聴していました。

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投稿者: nihonbungaku 投稿日: 2019/07/03 10:28
6月21日、木村尚志准教授が担当する「古典文学史(1)」の授業で、雅楽の演奏家の三田徳明氏をお招きし、雅楽の講義と演奏をしていただきました。


【写真】講義の様子

講義では、東アジアに広く分布した雅楽が日本においては独自に娯楽性のあるものとして受容され、唯一今日まで消滅せずに受け継がれていることなど、雅楽の基礎知識を教えていただきました。その後、室町時代の能楽師である世阿弥の雅楽の豊富な知識が詰め込まれた謡曲「難波」に「抜頭の曲は返り打つ」という文句で引かれている唐楽の「抜頭」を演奏していただきました。

迫力ある楽器の音に心を揺さぶられ、悠久の時を超えていまなお受け継がれる芸術の素晴らしさを実感しました。「矢鱈」という言葉はサンスクリット語(梵語)が語源で、「抜頭」のような曲で太鼓を特殊な難しいリズムで打つ「やたら拍子」に由来するそうで、他にも雅楽に由来する言葉があることを教わり、雅楽の歴史の奥深さに学生たちも興味津々でした。


【写真】演奏の様子

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投稿者: nihonbungaku 投稿日: 2019/06/19 14:09
6月1日、岐阜県にある大垣市総合福祉会館にて「奥の細道紀行330年記念シンポジウム in おおがき」が開催されました。このシンポジウムに、和洋女子大学 日本文学文化学科の佐藤勝明教授が、基調講演の講師兼シンポジウムの助言者として参加、登壇しました。


【写真】シンポジウムの様子

以下は、当日についての佐藤勝明教授の報告と感想です。

***


今年は芭蕉が『奥の細道』に出立してから330年。それを記念したシンポジウムが岐阜県大垣市で開催されました。私は基調講演「奥の細道のおもしろさを解く」の講師と、シンポジウムの助言者として参加しました。当日は200人を超える人が参加して、『奥の細道』の魅力とこれからの社会にもちうる意義について、知見を披露し合いながら有意義な時間を共有しました。

 
【写真】シンポジウムの様子

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投稿者: nihonbungaku 投稿日: 2019/06/13 11:06
5月25日~27日の3日間に亘って、九州女子大学・九州共立大学にて開催された2019年度 上代文学会大会に日本文学文化学科の大塚千紗子助教が出席し、研究発表を行いました。

当日の様子を大塚千紗子助教がレポートしてくれました。


【写真】当日の司会である藏中しのぶ氏(大東文化大学 教授)からは、発表のフォローと有益な意見をいただきました

上代文学会の大会にて研究発表を行いました。上代文学会は『万葉集』、『古事記』、『日本書紀』などの日本の上代文学を対象とする学会です。今年度の大会は、新元号「令和」にゆかりのある福岡県の九州女子大学・九州共立大学にて行われました。

1日目は講演会で、大嘗祭と大伴家持に関する講演がありました。講演会終了後は懇親会が行われます。そこでは発表者による挨拶が恒例となっており、和洋女子大学の宣伝とともに、発表に対する意気込みを述べてまいりました。

2日目の研究発表会では『万葉集』、『古事記』、「祝詞」と、多岐にわたる発表が行われました。私は「慈悲なき聖君―『日本霊異記』下巻第三十九縁の聖君問答―」という題目で、『日本霊異記』の最終話、嵯峨天皇の説話に焦点をあてて、『日本霊異記』が物語ろうとする歴史叙述と天皇像(聖君像)についての見解を提示しました。会場からは反論、異論など様々な角度からの有益な意見をいただきました。学会発表を行う意義とは、様々な意見を踏まえて自身の論を先鋭化させることもそうですが、文学研究を行う人々との交流にあると思います。自身の研究が、多くの人々との関わりの中で成り立っていることを再確認した2日間でした。
(←左の写真は懇親会で挨拶する大塚千紗子助教の様子)

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投稿者: nihonbungaku 投稿日: 2017/05/30 12:43
佐藤勝明教授 が、5月18日に枻(えい)出版社より発売された「ぬりえ 奥の細道」の監修を行いました。「ぬりえ 奥の細道」は、松尾芭蕉の紀行文『奥の細道』の中から69か所の風景をぬりえにしたもの。旅先で芭蕉が詠んだ俳句に訳を添え、ぬりえにした各名所が、解説と共に掲載されています。今回の監修のお仕事について、佐藤教授に詳しく伺いました。 【写真左】 出版された「ぬりえ 奥の細道」を手にする佐藤勝明教授。 Q.今回の「監修」のお仕事では、どのようなことをされたのでしょうか? ひとくちに監修と言っても、様々なやり方があります。今回の仕事に限って言えば、ぬりえにする場面の選定が主な仕事でした。こういったお仕事は初めてだったのですが、「奥の細道」という旅行記の全てが絵になるわけではありませんので、絵になりそうな場面を選ぶ、ということが、一番大きな仕事でした。 場面の選定は写真を見て行いました。私は大垣市の「奥の細道 むすびの地記念館」の総合監修をしているのですが、この記念館で上映している「奥の細道」の映像を作成する際に、現地の下調べで撮影した膨大な量の写真を、記念館の了解を頂いて場面選定に使用させて頂きました。「ぬりえ 奥の細道」に掲載されている写真の多くは、そこから使ったものです。足りない部分に関しては、出版会社の方が独自に入手して下さいました。 「奥の細道」に出てくる各所全てに俳句があるわけではないのですが、句があるところは出来るだけ句とその解説も一緒に載せました。選定した写真と句の内容から、デザイナーの方がぬりえにするシーンをイメージして描き起こす、という流れです。3年ほど前に「松尾芭蕉と奥の細道」という本を書いたのですが、その本の中に所収発句一覧として、奥の細道に登場する俳句全ての解釈をまとめています。今回の「ぬりえ 奥の細道」に掲載している解説文は、そこから多く引用されています。 【写真左】佐藤教授が執筆した「松尾芭蕉と奥の細道」。第一部では芭蕉自身について、第二部では「奥の細道」に書かれている内容について、第三部では、実際に「奥の細道」の各所に行くには、といったことが書かれています。 Q.ぬりえには、「奥の細道」に旅路の中で詠んだ句として掲載されている62句の内、41句が掲載されていますが、選定した基準などはありますか? 今回の作品はぬりえということで、絵としてどう見えるか、ということに重点を置いて選んでいますので、句の内容で選んでいるわけではないんです。ちなみに「奥の細道」という作品ですが、必ずしもどの場面にも句がある、というわけではないんですよ。むしろ、句がない場面が結構あります。 面白いことに「奥の細道」は、前半と後半で、割と書きようが変わるんです。前半では、旅の記録の文章の合間に、芭蕉あるいは曾良のどちらかが詠んだ句が挿入されているパターン。これが陸奥(現 青森県・岩手県・宮城県・福島県)の平泉に来た辺りで、二人が同じ場所でそれぞれ句を詠んでいるシーンが見られ始めます。尿前の関を過ぎて、陸奥から出羽(現 秋田県・山形県)へと入った辺りから、俄然、旅行記としての文章の量が減り、逆に句が沢山並び始めます。これが後半の特徴です。 前半では文章を多く使い、後半では文章を減らし、句を多用することで、さらりと流すようにまとめられている。芭蕉の紀行文を調べて行くと、「野ざらし紀行」なども同じように、前半は文章が多く、後半は句が多いという傾向が見られます。私は、これは芭蕉が「序・破・急」の呼吸を意識して表現していた、と考えています。江戸を発って、関東と東北の境目である白河の関までの旅路を序、白河の関から日本海側へ抜ける鼠の関までを破、それ以降の北陸路が急。特に酒田(現 山形県酒田市)から市振(現 新潟県糸魚川市)の区間では、これだけの距離にも関わらず、旅行記としての文章はたったの5行で書かれています。より面白みを持たせるためか、破の区間も尿前の関の前後で表現を変えているので、白河の関、尿前の関、鼠の関、この3つが、「奥の細道」を読む上でのキーポイントになっているんじゃないかと思っています。 Q.特に苦労した点など、何かエピソードはありますか? 苦労というより、どういう絵として出来上がってくるのか、最初は俳句のイメージからかけ離れてしまったら、と少し心配に思っていました。でも、実際にあがって来た絵を見て、私が文字から思い描いていた場面とイメージが重なるものもあれば、逆に「あぁ、こういうふうに作ってくれたのか」「ここに目を付けてくれたんだ、これもいいな」という発見もあり、大変面白かったです。 今回は、やはりどうしても絵になる場面を選ばなければならなくて…『月清し 遊行のもてる 砂の上』という句があるのですが、私が特に思い入れのある俳句です。かつて時宗の2代目遊行上人の他阿が、気比神宮のぬかるんだ参道に人々が困っているのを見かねて、手ずから砂を運び参道を整え、それ以来、代々の上人がその行いを尊び、ここへ来て砂を撒くという行為が続けられました(現在も 時宗総本山の管長交代の折に「砂持ちの神事」として行われています)。芭蕉にとっては、この行いが絶えず行われてきている、ということが嬉しいことで、「今、目の前にあるこの砂がまさに歴史の積み重ねであり、そこへ月の明かりが差している」と詠んだ、とても重要なシーンではあるのですが…「砂」を場面にしても、絵にならない(笑)。だから鳥居を描いているんですね。 Q.お仕事を終えられた感想をお願いします。 大垣の記念館の監修や今回の仕事も含め、自分自身が研究で得た成果を学生たちや社会へどうやって還元するか、といったことは、常に考えていました。 芭蕉は江戸から奥州路、出羽路、北陸路を巡った旅を終えた後、江戸に ... 詳細...
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