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Topics:日本文学文化学科

2017/12/19

日本文学文化学類50周年記念講演会を開催いたしました。

本学日本文学文化学類は、その源となる「国文学科」が設置されて以来、昨年には50年を超えるという長い歳月を経て参りました。
その記念すべき時に当り、去る11月18日、その創設から御定年に至るまで教壇に立たれ、それ以後も理事として本学の発展に永くご尽力下さった鈴木正彦先生を御招きし、その間の貴重なエピソードを交え、本学の「日本文学文化」の研究・教育の発展の歴史を御話し頂く記念講演会が開催されました。

好天に恵まれた清々しい日,西館階段教室には様々な年代の卒業生・旧教職員が集まり、それぞれの世代の昔話に花が咲きましたが、その大半が教えを受けた鈴木先生のお話を皆一緒に伺えることはほとんど奇跡的といえる機会だとも思えました。
 
岸田宏司学長より、本学の創設から現在に至る組織の充実の中での日本文学文化教育の流れについてお話があり、佐藤勝明学会長から、現在の「日本文学文化学類」の現状に繋がる御話しがあった後、何十年の世代差を超えた教え子達を前に先生は当時を目の当たりにするような語り口で御話し下さいました。
 

 
  
 
はじめに先生はこれからのお話を、200才近い老人が直接見聞した歴史を語る「大鏡」に譬えられましたが、まさに臨場感溢れる「大鏡・和洋編」といった「興ある」御話しの連続でした。
まず、「折口信夫」先生の助手さん時代に掛け持ちで本学に来られたことを初め、直接お話しされたという先生方が、現在もう定年を迎えようという世代にとっても「文学史・研究史」の書物の中の人物です。国府台の校地取得に苦心された「稗方先生」には東館脇の銅像でしかお目にかかれません。そのほか話題に上る初期のころの先生方で、父親が森鴎外の秘書であった賀古明先生、歌人でもあり、昭和の時代には受験参考書や注釈書で全国の高校生もお世話になった今井福治郎先生などの御著書の頁は、図書館の棚の中でもかなり変色しております。ご当地作家の伊藤左千夫の歌の表記について先生が確かめられたのは「野菊の墓」の碑銘を書かれ、現在群馬県に記念館のある土屋文明先生であったことなど、驚くことばかりで、架空の人物の語りによる「大鏡」を凌ぐ、本物の「歴史物語」を伺うことができました。
 

 
「こんな立派な階段教室でしゃべるなんて・・・」とおっしゃりながら、もうお孫さんもかなりなお年になっているかつての教え子に「この人がかわいい女学生だったころ・・・」などと語りかけるなど、まさに時間空間を超えた、あっという間の一時間でした。
 


これからもずっと和洋女子大学の行く末を見守っていて頂きたいと参加者全員が感じた講演会でした。
 

 
 

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